研究データ
〈2018/06/12〉
顧問 渡部かなえ(神奈川大学人間科学部教授)
【神奈川大学産官学連携研究事業】第2回 幼児期に遊びを通して育まれる「10の姿」が生涯に渡る教育の土台になる
2018年4月から改訂された新しい保育所保育指針、幼稚園教育要領、幼保連携型認定こども園教育・保育要領が施行されました。大きな変更点は、保育内容の5領域「健康」、「人間関係」、「環境」、「言葉」、「表現」を相互に関連させながら、10の「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」(10の姿)を育んでいく、と新たに記載されたことです。
10の姿とは、「健康な心と体」、「自立心」、「協同性」、「道徳性・規範意識の芽生え」、「社会生活との関わり」、「思考力の芽生え」、「自然との関わり・生命尊重」、「数量・図形、文字等への関心・感覚」、「言葉による伝えあい」、「豊かな感性と表現」です。これらは全て、これまでも保育者が見守り支援してきたことですが、「10の姿の育ち」として保育所保育指針等に明記されたことによって、幼児教育とその後の教育のつながりが見える化され、幼児教育から義務教育、高等教育までを展望できるようになりました。10の姿の育ちは、幼児期を豊かにするだけでなく、小学校以降から高校までの学習を成り立たせ、さらに大学教育や社会教育につながっていく、生涯に渡る教育の土台になるということが示されたのです。
幼児教育で育むべきこれらの力は、国際的には、非認知スキルと言われています(OECDは社会情動的スキルと表記1))。ノーベル経済学賞を受賞したヘックマン教授は、幼児期に非認知スキルを育むことが生涯に渡って健康で幸福な人生を送ることに繋がると述べています2)。また、幼児を、①知識を教え込む、②自ら遊びを創り出すことを励まし見守る従来の幼児教育、③自発性を重んじる独自のプログラムを実施、の3つに割り振り、20年間に渡って追跡した米国での調査によると、知識を教え込まれた子ども達の成人後の犯罪率は他の3倍で、社会生活に問題を抱える者の割合も圧倒的に高くなっていました3)。これらの研究からも明らかなように、幼児教育で行うべきことは、非認知スキルを身につけることの支援であって、小学校以降の勉強の先取りではありません。幼児期に勉強を教え込んでも、そうでない子どもとの学力差は、小学校低学年を終了する頃にはなくなってしまいます3)。
幼児期に豊かな遊びの体験を通して育まれた10の姿(非認知スキル)は、「生きる力」と「学びに向かう態度」になります。園でいっぱい遊んで過ごすことが、元気な体と心と頭を育て、生涯に渡って学び続け発展し続けることができる豊かで充実した人生に繋がります。
「10の姿」が公示されたことは、「他の子ども達と関わることができ、保育の専門職(保育士や幼稚園教諭)による支援が得られる環境で、遊びを通して非認知スキルを育んでいく」という幼児教育の意義と重要性を、保育の専門職だけでなく、地域の人々、子育てをしながら就労している父親・母親の職場の人達など、子どもが育つ社会にいる人達みんなに、理解してもらい、協力して貰えるきっかけになることも期待されます。
参考資料
1) OECD, Skills for social progress: The power of social and emotional skills, 2015.
2) Heckman K.J., Science, 2006.
3) High Scope, Perry preschool project, 2005.
【執筆者プロフィール】
顧問 渡部かなえ
神奈川大学人間科学部教授