コラム
〈2025/02/04〉
顧問 渡部かなえ(神奈川大学人間科学部教授)
幼児期から必要な適切ないじめ対応
神奈川大学 渡部かなえ
神奈川大学産官学連携研究事業
文部科学省が昨年(2024年)10月に発表した2023年の全国のいじめ認知件数は732,568件で、過去最多を更新しました(参考資料1)。しかし、この数字には保育所や幼稚園などに通う就学前の子どもたちは含まれていません。就学前の子どもたちは、いじめ防止対策推進法の対象外だからです。けれど、就学前の子どもたちの中にも、いじめで辛い思いをしている子はいます(参考資料2)。
これまで多くの研究で、いじめは、いじめられた子ども(被害者)にもいじめた子ども(加害者)にも、心身の健康に深刻な影響が及び、その影響は一過性ではなく生涯に及ぶ恐れがあることが報告されていますが、いじめ(加害)が「いびつな形で(*渡部の補注)」加害者の子どもを守っている可能性がある、という米国での調査結果が報告され、慎重な議論の必要性があるとされているので、紹介します(参考資料3)。
図1:いじめ経験とストレスを反映し疾患を引き起こす慢性炎症のマーカーCRPの値(参考資料2)
Neither(青)いじめ経験なし、Pure bullies(黄)いじめ加害者、
Pure victims(緑)いじめ被害者、Bully-Victims(赤)元被害者の加害者
*図の日本語のタイトルと補注は渡部
いじめた子ども(加害者)には2種類あって、過去にいじめられた経験がある「元被害者」と、純粋な「加害者」で、これまでの研究はこの2者をひとまとめにして調査対象としていましたが、この2つを分けたところ、身体にかかるストレスを計る指標の1つで、将来予想される健康リスクの予兆を知ることができるとされているCPR(C反応性蛋白質:心血管系リスクやメタボリック・シンドロームなどに関係する慢性炎症のマーカー)を子どもの時、思春期、青年期に数回にわたって測定したところ、いじめ被害者はその値が成長に伴って最も高くなり、加害者は最も低く、元被害者の加害者はその中間の値を示しました(図1)。
つまり、いじめられると(被害者は)、いじめを受けていた子どもの時だけでなく、生涯に渡って、身体の健康にも大きな不利益を被り、加害者はそのような生涯に渡る健康問題のリスクは低く、元被害者の加害者は、被害者の時に受けたリスクを加害者になることで軽減しているのではないか、という理屈は通ってはいますが心情的には受け入れがたい解釈が成り立ってしまいます。
法律では守られていない就学前の子どもたちをいじめから守るにはどうすべきか、渋谷区や大津市など、少しずつ動き出してはいますが(参考資料2)、「幼児にもいじめはある、そしてそれは生涯に渡って深刻な影響を及ぼす」ことを、園の関係者や保護者だけでなく、行政や社会がしっかり認識して、早急に法律の改正や対応システムの整備をすることが必要です。
なお、いじめ加害者は、健康上のリスクは少ないとしても(参考資料2の結果の解釈を受け入れるとしても)、後々、健康以外の深刻な問題を抱えるようになるという報告がたくさんあります。例えば、いじめ加害者は、ギャングに加わったり銃を携行するなど、反社会的な行動を起こす割合が高いことが分かっています(参考資料4)。いじめは、被害児を守るだけでなく、加害児もまた幼い時にいじめ行わないようにする教育・指導が不可欠です。
【参考資料】