コラム
〈2024/11/06〉
顧問 渡部かなえ(神奈川大学人間科学部教授)
生まれてきた子どもひとりひとりを大切に育てる -これからの少子化対策-
神奈川大学 渡部かなえ
神奈川大学産官学連携研究事業
政府は「2030年代に入るまでの6~7年が、少子化傾向を反転できるかどうかのラストチャンス」と言っていますが(資料1)、昨年(2023年)の合計特殊出生率は1.20と過去最低で(資料2)、反転できるラストチャンスは残念ながらとっくに逃してしまった、というのが家族経済学の専門家の見解で(資料3)、海外からも「日本のようにならないためにはどうしたらいいか」と少子化の反面教師にされています(資料4)。
しかし、子どもが減ってしまうことへの対応は、生まれてくる赤ちゃんの数を増やすことだけではありません。生まれてきた子どもが元気に育つこと、つまり乳幼児死亡率を下げることも重要です。そして乳幼児死亡率の低さは、日本はスウェーデンと並んで世界一です(2022年現在:図1)
図1:1800 – 2022年 乳幼児死亡率 (資料5)
子育て支援のお手本であるスウェーデンでも1800年代の初頭は10人に3人くらいの子どもが5歳までに亡くなっており、フランスやイギリスなどの先進国は1800年代の中ごろまで、やはり10名のうち3名くらいの子どもが5歳までに亡くなっていました。その後、経済発展や医学・科学の進歩によって欧米先進国では乳幼児死亡率はどんどん低下していきましたが、途上国では依然、乳幼児、特に新生児の死亡率が高く、多くの赤ちゃんが生まれても、元気に育つ子は先進国に比べて少ないという状況が続きました。
日本は、1920年は欧米の1800年代と同じような状況でしたが、その後どんどん改善していき、最初の東京オリンピックの頃(1965年)2.5%と当時の欧米先進国と同レベルにまで下がり、1870年には欧米諸国を抜き去り(スウェーデンを除く)、2021年には0.2%(50人に1人)とスウェーデンよりも低くなりました。。
現在、経済発展が著しい中国は0.8%(12~13人に1人)で、乳幼児死亡率という点では。まだ欧米や日本などの先進国に追いついていません。人口増加が著しいインドでは、乳幼児死亡率は欧米先進国の10倍で、生まれてくる子どもは多いのですが、亡くなる子どもも少なくありません。
日本同様に少子化が進んでいる韓国は、乳幼児死亡率も日本とほぼ同じ(0.3%)で、生まれてくる子どもは少ないけれど、亡くなる子どもも少なくなっています。
生まれてくる子どもが少なくても少子化対策は必要です。でもそれは、出生率を上げるためではなく、少子化傾向の中で生まれてきた子どもがみんな元気に育つため、子どもを育てる保護者をしっかり支援するために行う、と政府の社会も意識を変えていく必要があるでしょう。子育てのために親が職場で肩身の狭い思いをしたり、当然の権利である育休がとりづらかったり、子育て(や介護)が理由で離職せざるを得なくなったり、貧困や格差が原因で子どもが健やかに育つことができない状況の改善、そして保育所や保育士さんの犠牲や奉仕の精神に甘んじて負担を強いるような子育て支援策はやめること、これらが「生まれてくる子どもの数は少ないけれど、生まれてきた子どもは亡くなることなく育つことができる」日本の、これからの子育て支援策に必要な視点だと思われます。
<参考資料>