コラム
〈2024/05/08〉
顧問 渡部かなえ(神奈川大学人間科学部教授)
こども誰でも通園制度は誰のため?
神奈川大学 渡部かなえ
神奈川大学産官学連携研究事業
「花をめでる人は多い。果実を求める人は更に多い。芽を愛する人は、数多くない心友である。」これは、東京女子師範学校(現お茶の水女子大学)の教授で、日本最初の幼稚園である同校の附属幼稚園の園長でもあり、日本の幼児教育の改革と発展に貢献した児童心理学者の倉橋惣三が、幼児教育の機関紙への寄稿文の冒頭の言葉です(参考資料1)。多くの人は、花の美しさや果実の恵みには関心を寄せますが、小さくてか弱く目立たない芽は、うっかり見落とされてしまったり、踏みにじられてしまったりすることさえ起こりかねません。けれど、そんな芽に関心を持つことがとても大切です。この芽とは、もちろん、幼い子どものことで、将来に向かって今を懸命に生きる子どもにもっと目を向け尊重することの重要性と必要性を、倉橋は「自然の幼子」である植物の芽を愛することを通して伝えています。
「沈黙の春」の著者で自然環境教育のパイオニアであるレイチェル・カーソンも、子どもの心に芽生えたセンス・オブ・ワンダーを育んでいくには、自然体験やそれを通しての感動を子どもと一緒にいて共有する大人の存在が大切であると述べています。
では、「芽を愛する人」として子どもの育ちに寄り添い支援していくには、具体的にはどうしたらいいのでしょうか。この素敵な理念の実現には、今も昔も、保護者や保育者に過重な負担や犠牲を強いる恐れがあるのが日本の実情です。政府が新たに導入を決めた「こども誰でも通園制度」は解決策になるのでしょうか? それとも新たな負担が生まれるのでしょうか? 犠牲を被るとしたらそれは誰なのでしょうか?
民間によって行われた「こども誰でも通園制度に関するアンケート調査」には、保護者を対象としたもの(参考資料3)、(個々の)保育士を対象としたもの(参考資料4)、園(保育事業者)を対象としたもの(参考資料5)があります。<注:国による調査は、子ども家庭庁が「保育者へのアンケートを行う予定」とのことですが、まだ行われていません(2024年4月現在)
保護者を対象とした調査では、保護者とその子どもにとってのメリットと、制度を利用しての通園(一時的な円の利用)の際に適切な保育をしてもらえるのかという不安が、回答として寄せられていました。
保育士を対象とした調査では、「保護者にはメリットがある」が、「子どもの安全への不安」、「求められるものが多くなりすぎることへの不安」があげられていました。特に子どもの安全への不安は、制度を利用して一時的に園にくる子ども(アレルギーや発達に関することなどを把握しきれない等)だけでなく、既存の園児についてもあげられています。既存の園児にも年々支援を必要とする子どもが増えていて寄り添いながらの保育が求められていますが、例えば、2名の保育士が10人の1歳児の保育を行っている園で「定員まで2人の空きがある」ということで2人の「子どもだれでも通園制度の利用児」が加わった場合、現実にはその制度利用者2人に保育者1名がかかりきりにならざるをえず、既存の園児10人の保育を1名の保育者だけで行わなければならなくなります。寄り添いながらの保育にはもちろん、安全管理にも不安が生じます。
保育施設を対象とした調査では、制度を利用したいという保護者への理解は示されていましたが、保育士の人手不足と、保育士の処遇が改善されないままに新たな負担だけが増えることへの大きな不安が述べられていました。また安全管理への不安も挙げられていました。
この3者を対象としたアンケート調査結果の比較検証から、子どもだれでも通園制度は、「誰にとって最もメリットがあるのか」の答えは、「保護者」で、「最も大きなデメリットを被るのは誰か」の答えは「園の既存の子どもたち」であり、「その板挟みになって一番辛いのは誰か」の答えは「保育士」であると言えます。
日本の子育て支援政策はまだ不十分で試行錯誤の段階にあるため、様々な課題があります。誰か(例えば母親、例えば保育士)に過重な負担がかかったり、犠牲になったりすることは防がねばなりません。子どもも保護者も保育者(保育士)も尊重される子育て支援は、画一的なものではなく、多様な中から子どもと保護者の個別の状況に応じて選べることが望ましのではないでしょうか。
幼児教育の先進国として知られているスウェーデンの保育(施設園、家庭園、保育士の家庭への派遣など、多様な選択肢があり、どの保育を選んでも十分な量と質の保障がなされている)(参考資料6)や、ニュージーランドの保育(幼稚園や保育所の他に、保護者が運営管理するプレイセンターが公的に認められている(参考資料7))は、国の保育政策・幼児教育の政策の参考になると思われます。
【参考資料】