コラム
〈2023/07/05〉
顧問 渡部かなえ(神奈川大学人間科学部教授)
赤ちゃんが話せるようになる前から大切な言葉かけ
神奈川大学 渡部かなえ
神奈川大学産官学連携研究事業
人は言葉を通して事柄を認識し理解します。言語能力の獲得はその後の様々な学習の基盤となります。保育の専門家である保育者の皆様は子どもたちへの言葉がけの大切さを熟知していますが、その一方で「スマホ育児(TVやインターネットなどで動画を見せることも含む)」に代表される、メディアを家庭で乳幼児に視聴させるケースが増えています。「知育教材」として発売されているDVD等もあります。
子どもの言語能力の発達と家庭環境の関係について、重要な研究がカナダで行われました(参考資料1)。42の家庭に協力して貰って、赤ちゃんが言葉を話し始める前(生後7か月から9か月)から3歳まで、毎月1時間、研究者が各家庭を訪問して親子の会話を録音し、会話記録を分析したところ、「高」グループの親は1日時間当たり平均487語の言葉を子どもにかけていましたが、「低」グループは平均176語でした。そして子どもたちが3歳になった時、「高」グループの子どもたちは1時間あたり平均310語を話したが、「低」グループの子どもたちは約半分の168語でした。語彙も、「高」グループの3歳児は1116語でしたが、「低」グループの3歳児は525語で、語彙力も「低」グループの子どもたちは「高」グループの子どもたちの半分程度でした。この調査期間全体を通して、「高」グループと「低」グループの子どもたちがかけられた言葉の格差は3千万語に及び、これを研究者たちは「3万語のギャップ」と呼びました。そして、この子どもたちが小学校の3年生になった時の言語能力テストの結果と3歳の時の語彙力との間には明らかな相関がありました。赤ちゃんがまだお喋りができない時からかけられるたくさんの言葉が、子どもの長期的な言語能力の発達にとても重要であることがわかったのです。
でも、現在では保護者も多忙で、我が子に話しかける時間が十分にとれないかもしれません。もし言葉を「聞かせればいい」のであれば、YouTubeやメディアの子供向け番組を視聴させておけばいいのでしょうか? 実は別の調査で(参考資料2)、幼児向けの有名な教育番組を18か月以下の赤ちゃんに見せたところ、知能の発達にあまりいい影響を及ぼしませんでした。この理由は、番組が悪いのではなく、親が赤ちゃんに話しかける機会が減ったことによると考えられています。大切なのは、赤ちゃんの耳に機械的に入る言葉の量ではなく、生身の人間が人間である赤ちゃんに話かける(コミュニケーションする)言葉の量なのです。
お父さん、お母さん、お忙しいとは思いますが、スマホをいじっている時間があるのでしたら、赤ちゃんに話しかけてあげてください。まだ話せない赤ちゃんも、お父さん、お母さんの語りかけてくれる言葉を聞いて、言語能力の大切な基盤となる豊かな言葉の世界とコミュニケーションする力を育んでいきます。そして乳幼児期に獲得された言語能力の差の影響は、学校教育を受ける年齢になっても及び続けるのです。
【参考資料】