コラム
〈2023/05/11〉
顧問 渡部かなえ(神奈川大学人間科学部教授)
幼児期に遊びを通して育む力と5歳児教育プログラム
神奈川大学 渡部かなえ
神奈川大学産官学連携研究事業
文部科学省は5歳児向けの教育プログラムを作ることを決めました(参考資料1)。中央教育審議会で議論が進められており、今年度中に文部科学省が全国の園に周知するとのことです(参考資料2)。
幼児教育の基本である遊びを通した学びを踏まえるとのことですが、「小1問題」の解消のために小学校での学習がスムーズに行えるようになることを図り、タブレット端末などの活用にも言及するという5歳児教育プログラムは、審議会の一部の委員から出されている「小学校の学びの先取ではない」「行き過ぎた早期教育にならないように」という意見がきちんと反映されたものになるのでしょうか。
2017年に改訂され2018年から実施されている新しい幼稚園教育要領、保育所保育指針、幼保連携型認定こども園教育・保育要領には、「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿(10の姿)」として、①健康な心と体、②自立心、③協同性、④道徳性・規範意識の芽生え、⑤社会生活と関わり、⑥思考力の芽生え、⑦自然との関わり・生命尊重、⑧量・図形、文字等への関心・感覚、⑨言葉による伝え合い、⑩豊かな感性と表現、の「10の姿」が明示されました。このコラムでも2018年10月に、「幼児期に遊びを通して育まれる「10の姿」が生涯に渡る教育の土台になる」と題して紹介しましたが、「10の姿」は、あくまで育ってほしい姿の「方向性」です。育つべき「能力」や「到達点」のように、達成しないといけない課題ではありません。
また、前回の幼稚園教育要領の改訂(2009年から実施)の際には、同時期の小・中・高等学校の学修指導要領と同様に「生きる力」を育成することに力を入れることが明記され、「体を動かすことや望ましい食生活の形成」や「友達と話し合ったり、考えたり、決まりの必要性に気づいたりすること」を充実するとされていました(参考資料3)。体験を通した学びの重要性と、体験の不足が子どもたちの健やかな頭と体と心の育ちに負の影響を及ぼしていることも、四半世紀(25年)以上前に文部科学省自身が答申しています(参考資料4)。
小学校入学以降の学習のほとんどは認知スキルの獲得と強化ですが、生きる力の基盤となり、かつ認知スキルの獲得のために不可欠な(知的)好奇心や探求心、持続力などの非認知スキルは、幼児期に遊びを通して学ぶとても大切な力です。5歳児教育プログラムがどのようなものとして発表されるのか、長い目で見ればあまり意味がないことが明らかになっている「小学校の先取り教育」に保育・幼児教育施設や保護者が走ってしまうことはないか、あくまで「方向性」を示している「10の姿」を「能力の到達点(それができるようになる)」にしてしまう「すり替え」が起こっていないか、保育・幼児教育に関わる人たちは気をつけて注視していく必要があります。
【参考資料】
1)朝日新聞, 2021年7月21日(朝刊), 5歳児の教育計画、文科省が作成へ 早期教育に慎重意見も
2)朝日新聞, 2021年11月28日(朝刊), 5歳児教育プログラム、狙いは小学校と連携、学びの移行円滑に
3)文部科学省, 生きる力,
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/pamphlet/__icsFiles/afieldfile/2011/07/26/1234786_1.pdf
4)文部科学省, 体験活動の教育的意義,
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/04121502/055/003.htm