コラム
〈2023/02/02〉
幼児の性自認とダイバーシティ(多様性)の育ち
神奈川大学 渡部かなえ
神奈川大学産官学連携研究事業
ダイバーシティ宣言とは、一人一人の人権と自由を守り、様々な違いを個性として認め合い、国籍・人種・民族・宗教・信条・出自・年齢・性別・性的指向・性自認・障害等に基づく差別をしない、と公言するものです。私が所属する神奈川大学でも宣言に基づき、ダイバーシティ推進室が設置され、ジェンダーやセクシャリティに関する活動を行う学生サークルも公認され(資料1)、ダイバーシティ推進の一環として性的マイノリティであるLGBT(あるいはLGBTQ)の人たちへの理解と支援、そのために必要な環境整備が進められています。
大学や職場などの成人の組織だけでなく、成長期の子どもたちが通う学校でも性的マイノリティへの理解と支援は必要であるという認識が少しずつですが持たれるようになってきており、更衣室や水泳の授業で着用する水着、トイレの利用などについて検討されるようになってきました。では、保育所や幼稚園ではどうなのでしょうか?
自分の性別に違和感を持つ園児が私立保育所でいじめを受け、不登園になってしまったという問題がありました(資料2)。保育士さんは子どもたちに「心と体の性にずれがある人がいる」「お友達の気持ちを大事にしてね」と話したとのことですが、いじめは止まりませんでした。長期に渡っていじめられた子どもがどんなに傷つき辛かったかと思うと心が痛みます。性別に違和感を覚え始める時期は小学校入学前が最も多く(資料3)、自己のアイデンティティがまだ確立の途上にある幼児が、アイデンティティを構成する要素の1つである性別に関しては激しいいじめをするほど強く「異質」と感じ「差別」をし「仲間外れ」にしてしまうようになるのはなぜなのでしょうか? また、子どもたちに、性別を含め多様性を認め個々を尊重するようになってもらうには、どのようにしたらいいのでしょうか?
子どもの性的マイノリティへの理解について、絵本を自作し、それを園(*)で保育士さんに子どもたちに読み聞かせをしていただき、子どもたちの様子や発語の観察から検討する、というテーマの卒業研究を私のゼミの学生が行いました(資料4)。絵本の内容は、男性同士のカップルが結婚したいと思い、一人が結婚式でドレスを着たいと望みます。パートナーは賛成してくれたけれど、母親を含め周囲の理解が得られず、傷つき、悩みます。体の大きなその人に似あうドレスもみつかりません。けれど、幼馴染の友人が素敵なドレスを手作りしてくれて、それで結婚式に臨むことができ、母親も最後は祝福してくれた、というお話でした。
子どもたちの反応は、男性がドレスやかわいい服を着ることに対し否定的で、同性愛や同性婚に対しても否定的な意見を持っていました。そして、絵本の読み聞かせだけでは、子どもたちのジェンダーに関する意見を変えることはできませんでした。4・5歳の子どもたちには既に性別に関する固定概念がかなり強固に構築されているようです。またこどもの意見の中に「男同士は結婚できないってお母さんが言っていた」というものがあり、大人の意見が子どのたちのジェンダーに対する否定的な考えに大きく関わっていると推察されました。
大人自身がジェンダー・バイアスを持っていることに無自覚で、自分は「子どもに対して男女の区別なく同様に接している」と思っているけれど、実は(無意識に)男児と女児に異なる対応をしている、という研究結果がスウェーデンで報告されています(資料5)。スウェーデンのプレスクール(保育所や幼稚園に相当)の教師たちが自分たちの言動を録画して、「子どもたちと何を話し、どういう態度で接し、どういう経験をさせているか」を分析しました。教師たちは、録画前、自分は子どもたちに対して男女の差なく対応していると確信していたそうですが、録画には男児と女児で異なる対応をしている姿が映っており、ショックを受けたそうです。日本の保護者や保育者の皆様も無意識に男児と女児で異なる対応をしてしまっていることがあると思います。
けれども、違いを認識するというのは幼児期の大切な学びの1つで、「自分の物と他人の物の違い」、「いい大人と悪い大人(声をかけられてもついて行ってはいけない人)の違い」が分からないと、トラブルになったり、事件や事故に巻き込まれたり大変なことになってしまいます。「違いを認識したうえで、その違いを理解し適切な対応をする」というのは難しいことですが、「みんな違って、みんないい」を上手に活用して、幼児期に性自認・性認識を含むアイデンティティが健全に育ち、かつ性を含む多様性を受け入れる(みんなと違うところがある子も友達として仲良くできる)ことができるようになるにはどのような支援が必要か、保護者や保育士の皆様と一緒に考えていきたいと思っています。
(*)絵本の読み聞かせに関しては、スターチャイルド白楽ナーサリーの保育士さんと子どもたち(4・5歳児)に協力していただきました。
【参考資料】
https://www.kanagawa-u.ac.jp/aboutus/publication/style/file/334.pdf#page=23