お問い合わせ

調査研究・コラム

コラム

〈2022/12/01〉

顧問 渡部かなえ(神奈川大学人間科学部教授)

日本のクリスマスとクリスマスのお話

神奈川大学 渡部かなえ

神奈川大学産官学連携研究事業

 

クリスマス(Christmas)は日本でも、子どもから大人まで、みんなが楽しみにしている年中行事ですが、もともとはキリスト(Christ)の生誕を祝福するミサ(mass)のことです。

日本で最初のクリスマスの祝宴は、1552年(天保21年)に日本にキリスト教をもたらしたフランシスコ・ザビエルによって山口で開かれ(資料1)、信者たちが集まって食事をし、貧しい人々にも食を分けました。キリスト教は江戸時代に禁じられましたが、長崎の出島ではオランダ人たちによって「阿蘭陀冬至」という名目で幕府や奉行の監視を欺いてクリスマスの食事会が開かれており(資料2)、太田南畝(蜀山人:狂歌師・文人)も出席したという記録が残っています(資料3)。明治になって禁制が解かれ、日本にもクリスマスツリーやサンタクロースが登場して、子どもたちもクリスマスを楽しむようになりました。けれど、文部省訓令第十二号(1899年)により学校で宗教教育や宗教行事を行うことは禁じられ、日本の子どもにとってクリスマスは、キリスト教もイエスもマリアも不在の、プレゼントがもらえてご馳走が食べられる日として盛んになっていきました。太平洋戦争中ですら、イエスの名を出さなければクリスマスを祝ってもよいとの指導が内務省・文部省からあったとのことです(資料4)。

キリスト教圏でも、もちろんクリスマスにはプレゼントやご馳走を楽しみますが、敬虔な気持ちで感謝し、恵まれない人たちのことを覚えて祈る日であることが、子どもたちにきちんと伝えられますし、そのための文学的にも優れた物語がたくさんあります。

よく知られている代表的なものには、ディケンズの「クリスマス・キャロル」、アンデルセンの「マッチ売りの少女」、ウィーダの「フランダースの犬」があります。有名なのでご存じの方も多いと思いますが、ご参考までにあらすじを記します。

クリスマス・キャロルは、冷酷で強欲な老人がクリスマスの日に幽霊たちの導きで親切な心を取り戻すお話しです。

マッチ売りの少女は、大晦日に寒空の下でマッチを売っていましたが、あまりの寒さにマッチを灯すと温かいストーブやご馳走、クリスマスツリーなどの幻影が現れ、火が消えると幻影も消えてしまいます。少女は全てのマッチに火をつけ、現れた祖母の幻影とともに天国に行きました。新年の朝、少女はマッチの燃えかすを抱えて幸せそうに微笑みながら亡くなっていました。

フランダースの犬は、画家になることを夢見ている貧しい少年ネロと、彼が保護した犬パトラッシュのお話で、ネロはルーベンスが描いたアントワープの聖母大聖堂の二つの祭壇画を見たいと望んでいました。放火犯の濡れ衣を着せられ、仕事を奪われ、祖父を亡くし、住んでいた小屋からも追い出されたネロは絵画コンクールに全ての望みを賭けましたが、卑怯な手を使った金持ちの息子の策略で落選してしまいました。絶望したネロは吹雪の中、大聖堂に向かい、パトラッシュもネロを追って駆けつけます。月光が祭壇画を照らし出し、念願の祭壇画を見ることができたネロは「神様、これで充分です」と神に感謝の祈りを捧げました。クリスマスの朝、自分たちの過ちに気付いた村の人たちが、ルーベンスの絵の前で、パトラッシュを抱きしめ共に凍死しているネロを発見。もう何もかも手遅れでした。

マッチ売りの少女とフランダースの犬は、あまりに悲しいお話で、楽しいクリスマスにはふさわしくないとお考えの方もいらっしゃるかもしれません。けれど、温かく恵まれた環境を当然のものと思わずに感謝して、恵まれない子どもたち・人々のことを覚えることも、豊かな心の育ちには必要ではないでしょうか。なお、この3冊は参考資料に情報をあげていますが、これ以外にもたくさんの版や訳本が出版されており、少年少女文庫や絵本などのバージョンも充実しています。

 

【参考資料】
1) 宣教師ザビエルと日本で初めてのクリスマス, 九州圏広域地方計画推進室, 世界遺産等街道プロジェクト, 九州と諸外国の交流ストーリー2019, 信仰の伝来(3),
http://www.qsr.mlit.go.jp/suishin/story2019/04_3.html,
2) 阿蘭陀冬至, 南蛮長崎草, pp.245-247, 国立国会図書館デジタルコレクション,
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1870315/145?tocOpened=1
3) 三重ふるさと新聞, 「しきたり」っていいなぁ♪, 2018年3月15日.
4) 氣賀健生, 青山学院の歴史を支えた人々, 学校法人青山学院, 2014.
5) クリスマス・キャロル, チャールス・ディケンズ, 井原慶一郎訳, 春風社, 2015.
6) マッチ売りの少女, ハンス・クリスチャン・アンデルセン, アンデルセン童話全集 2, 高橋健二訳, 小学館, 1979.
7) フランダースの犬, ヴィーダ, 村岡花子訳, 新潮社, 1954.

 

一覧へ戻る

TOP