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〈2020/09/29〉

顧問 渡部かなえ(神奈川大学人間科学部教授)

【神奈川大学産官学連携研究事業】エピジェネティクスから見たコロナベビーと妊産婦に必要な配慮と支援

遺伝とは異なる、母体の環境やコンディションが胎児の発育に影響を及ぼし、それが生涯に渡る健康に影響する現象(エピジェネティクス)があります。

第二次世界大戦末期、ナチス・ドイツの占領下にあったオランダは深刻な食糧不足に見舞われ、この時期に母親の胎内にいた多くの赤ちゃんは低出生体重児でした。そして何とか育ったこの小さかった赤ちゃんたちは成人後、生活習慣病予備軍となり、糖尿病や心臓血管系の疾患に悩まされました。お母さんのお腹の中で栄養が不足していた赤ちゃんは、外の環境が栄養不足の状態にあると判断して、エネルギーの消費を抑えるために筋肉が少なくて小さな体になり、また膵臓(すいぞう)の発育が抑えられてインスリンを節約する省エネの体になったのです。

ところが、生まれ出てきた社会は食糧事情が回復し、省エネ構造の体に想定を超える量の糖質や脂質が入ってきたために、肥満してしまい、生活習慣病に直面してしまったのです1)。また、妊娠中に栄養不足だった母親から生まれた子どもたちは、身体の健康だけでなく、反社会性パーソナリティ障害の発生率が高くなったり寿命が短くなったりなどの報告もされています2)。

 

今、新型コロナウイルスが世界的に流行し、多くの人がストレスや困難にさらされています。妊婦も例外ではありません。

このような環境下にいた赤ちゃん「コロナベビー」には、出生後・成長後の心と体に影響が表れるのではないかという議論が研究者の間で行われています。これは、上記のオランダの研究報告だけでなく、1998年カナダの暴風雪災害被害の影響を長期に受けた母親から生まれた子どもたちは、扁(へん)桃体(とうたい)(ストレスに反応する。この大きさは、うつや不安、攻撃性に影響する)が大きく、攻撃的な行動をしがちであるという研究報告3)や、2012年のハリケーン被害者の妊婦から生まれた子どもたちが恐怖や悲しみを感じやすく、抱っこされることや楽しいことをあまり求めない、という研究報告4)によっています。科学者たちは、コロナ禍による妊婦の過度な緊張や孤独が胎児に影響し、それが認知能力や情緒、健康状態にあらわれる可能性を危惧しているのです。

その一方で、妊娠中の女性は、運動を行ったり社会的なサポートを受けたりすることで、うつや不安を軽減できたという研究報告もなされています5)。

日本でも、里帰り出産を希望していた妊婦が破水しているのに感染リスクを理由に受け入れを拒否されたり6)、厚生労働省からの要請(強制力はない)にもかかわらず妊婦の休業が認められない・解雇をほのめかされたりなどのケースが報道されました7)。親への社会支援の充実がこれまで以上に重要になっており、医療関係者、保育関係者そして行政は、親自身や赤ちゃんが充分な栄養を摂ることができるだけでなく、社会的な支援を継続的かつ確実に受けられるようにする必要があります。

 

 

【参考資料】
1)NHK「病の起源」取材班、病の起源, 第2章 糖尿病, 栄養不足と糖尿病, NHK出版, 2009.
2)M’hamdi HI, Steegers EAP, Reiss IKM, Schoenmakers S, Collateral damage of the Covid-19 pandemic: a Dutch perinatal perspective, BMJ (British Medical Journal) 369, 2020.
3)Jones SL, Dufoix R, Laplante DP, Elgbeili G, Patel R, Chakravarty MM, King S, Pruessner JC, Larger amygdala volume mediates the association between prenatal maternal stress and higher levels of externalizing behaviors: Sex specific effects in Project Ice Storm. Frontiers in Human Neuroscience, 13, 144, 2019.
4)Sherri Lee Jones SL, Dufoix R, Laplante DP, Elgbeili G, Patel R, Chakravarty MM, King S, Pruessner JC, Larger Amygdala Volume Mediates the Association Between Prenatal Maternal Stress and Higher Levels of Externalizing Behaviors: Sex Specific Effects in Project Ice Storm, Front Hum Neurosci, 14;13:144, 2019.
5)Lebel C, Anna MacKinnon A, Bagshawe M, Tomfohr-Madsen L, Giesbrecht G, Elevated depression and anxiety symptoms among pregnant individuals during the COVID-19 pandemic, J Affect Disord, 277: 5–13, 2020.
5)日本経済新聞, https://r.nikkei.com/article/DGXMZO58434230U0A420C2000000?s=4, 帰省の妊婦、受け入れ拒否 コロナで岩手県立の2病院, 2020年4月24日.
6)東京新聞, https://www.tokyo-np.co.jp/article/32471, 働く妊婦の保護 休める支援を職場から, 2020年6月1日.

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