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調査研究・コラム

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〈2019/05/20〉

顧問 渡部かなえ(神奈川大学人間科学部教授)

【神奈川大学産官学連携研究事業】第12回 「教える」と「学ぶ」の相互性の大切さ

運動機能は、Gross Motor Skill(全身性の大きな動き)とFine Motor Skill(手指などの繊細でち密な動き)に分けられます。幼児期にはどちらの運動機能も大きく育ちます。Gross Motor Skillの育ちを客観的に評価するには運動能力テスト(走る・跳ぶなど)が用いられ、Fine Motor Skillの育ちは「道具などの操作の対象物を上手に使える・扱える」をかかった時間(スムーズにできたか、なかなかできなかったか)や出来栄えから把握することができます。

どちらの運動機能(スキル)もたくさん経験することで発達しますが、Gross Motor Skillは特に教わらなくても日常生活の中で子ども自身が自然にやってみることを通して獲得していくのに対して、Fine Motor Skillはやり方・使い方を周囲の大人などから教わることで獲得していきます。(ハサミやお箸を初めて手にした子どもが、誰にも教わらずに巧みに使えるようになるのは極めて困難です)

けれど、この「教えてもらって学ぶ」ことで獲得できるのは、その時に教わった特定のスキルだけではありません。学習経験の積み重ねから、子どもは、対象物、道具、関係する空間的な枠組みの調整(距離や方向)等、様々な「もの・こと」と「自分」の関係を把握して調整し統合する能力を獲得し発達させていきます。つまり「汎用性のある学習のやりかた=学ぶ力」を修得していくのです。けれど、一方的に教え込むことの弊害もよく知られています。叱って教え込むことは、そのスキルを覚えこませることはできても、学びへの意欲も知的好奇心も育ちません。「教える」と「学ぶ」には相互性が不可欠です。

霊長類の知能を表す時に「ヒトの子どもの〇歳に相当」という表現を使うことがありますが、ヒト(1歳半から2歳8か月)とサル(チンパンジーの成獣)で、他の人がやっていることを見てできるようになる過程を比較検証した研究があります。研究の結果、サルの集団の中で育ったサルは、人間の子どもや人間に家族のように育てられたサルに比べるとかなり劣っていましたが、人間の子どもと人間に家族のように育てられたサルでは、ほとんど違いはありませんでした(Tomasello, 1993)。

この研究から、サルにも「教えてもらって学ぶ」潜在的な能力はあるけれど、サルの生活環境には「教える」「学ぶ」という文化が無いので、その能力が育たないと考えられます。「教える」「学ぶ」ことが生育環境の中で十分に行われないと、人間の子どもでも学ぶ力が育たない恐れがあります。ヒトは「やって見せる・教える」「お手本を見せてもらう・教わる」「教わる側が上手くできなかったら、教える側はもう一度やって見せる、ゆっくりやって見せる、易しいやり方・分かりやすいやり方を工夫する」という、教える側と学ぶ側の相互関係が成り立っています。しかしサルは、別の個体の行動を一方的に見てまねるだけで、まねられる側のサルがやって見せたり教えたりすることはありません。有名な幸島のサル(ニホンザル)のイモ洗いも、イモを海水で洗って食べているサルを見て他のサルがまねをすることはありますが、まねられる側のサルが「こうするんだよ」「こうやるといいよ」という感じで教えてあげたり見せてあげたりすることはありません。他のサルのことは無視しているか眼中にない(けれど、他のサルが自分が洗って食べているイモに手を出してきたら威嚇し攻撃する)ということが近年の研究で明らかになりました。母猿ですら、我が子に見せて教えることはしません(高間, 2010)。

私が以前、3歳児に協力してもらって行った、ピンセットで小さな対象物をつまんでゴールに持って行くという研究では、1回目は課題遂行に約1分半かかりましたが、2回目には16秒、3回目には4秒以下でできるようになりました(渡部2015)。他の研究者が同じ課題をニホンザルで行ったところ、課題が遂行できるようになるまで200回以上のトライアルが必要でした(Hirai, 2000)。ひとたびできるようになるとサルの動きは非常に素早いのですが、人間の子どものように短時間で課題ができるようにはなりません。人間の子どもは、相互性のある「教わる」「学ぶ」経験の積み重ねから、3歳で既に「学習の方法=学び方」を獲得しているのです。

 

【執筆者プロフィール】
顧問 渡部かなえ
神奈川大学人間科学部教授

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